酒肴とは
酒は酒の味を味わうようでは外道。酒を呑む雰囲気を味わうのがよろしい。
酒を飲むのであれば、己のなかにおいて状況・場所・気分など包括的にあくまでも感覚的に捉えたものを寸分の理性で分析して飲む酒の種類・銘柄、もしあるのであれば肴のを選択せぬばならぬ。
しかるに、酒をのむときには端正でなくてはならぬ。それは見かけによるものにあらず。
つまり備えられた場でなければならない。それも見かけによるものにあらず。
人は待っていたものが来る時に気持ちの整理とはいかにつけるものだろうか。
あくまでも酒をのむときは「待ち望んだもの」であるべきで不意に訪れるものにあらず。
仮に突然の友からの誘いだとしても普段から「友と一献交わしたいものだ」と望んでいなくては。
換言すれば酒を呑みたくなるのは、酒を呑む雰囲気を呑みたいのである。
即ち、酒の味を欲するのであれば酒に呑まれているのであるし、行きたくもない酒の場に参じるのはその雰囲気や人間関係に呑まれているのである。
このような弁えのある人にとって自分で酒の味を呑みたくなるのは感覚からの挑戦である。自分で酒の味を欲して酒を飲むのであれば即ち感覚に理性が勝てないのである。才能があると世間に認められる人ならば才能に自己が勝てない人間なのである。
酒を呑む時は急くとも、せめてその周辺だけでも掃除するとよろしい。そうすることによって、その場に節操が生まれる。
酒を呑むのであれば、呑まれることはない。雰囲気にのまれる者、自分に呑まれるものが酒に呑まれるのである。
「酒を私が呑む」とはいうことは、計画・節操・希望があって初めてその意味を成す。
「酒を共にする」ということは、計画・節操・希望に加えて友情・配慮・深謀・調和がその意味を成す。
酒を共にできる友が欲しいものであるよ。
人、酒を呑むこと得れば百事為すべし。
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酒を呑む雰囲気を呑む ねぇ
なんだろう、ミンミンゼミのうるさい夏、額の汗、冷えたグラス、生ビールなんざたまらんわね。
なんだろう、ぐつぐつ煮えた鍋、箸休めの漬物、キリリと冷えた日本酒なんてのも乙だわね。
今は乳飲み子を酒呑みにするわけにもいかないので控えておりますが、加齢とともに、あらゆるものに呑まれながら酒と溺れた若かりし日の思い出が(迷惑を被った人々を完全に無視した言い方をすれば・・・)懐かしくもある今日この頃。
いろいろ落ち着いて酒に戻ってこられたら、それこそ、雰囲気にこだわって楽しめるようになりたいもんだわね。
そしたらさ、念じとくわ、ベニちゃんが呑みたがってますように・・・ってね。
うわさのお蕎麦屋さんで、キリリと冷えた中ビール、よろしく。
おれも。
おれも。
いやいや。
ベニ主役で。
まだまだ未熟ものですので。。人選できる資格などありませぬ。上の文章も一献に呼ばれれば喜んで行く、もしくは朋遠方より来たる有り、亦た楽しからずや。ただそれだけです。都会から微妙に遠方に住んでいる楽しみでもあります。会社勤めしてなくてよかったと思えるお金で買えないものの一つです。
論語ずるい。
ハテ?