2009年2月アーカイブ
酒は酒の味を味わうようでは外道。酒を呑む雰囲気を味わうのがよろしい。
酒を飲むのであれば、己のなかにおいて状況・場所・気分など包括的にあくまでも感覚的に捉えたものを寸分の理性で分析して飲む酒の種類・銘柄、もしあるのであれば肴のを選択せぬばならぬ。
しかるに、酒をのむときには端正でなくてはならぬ。それは見かけによるものにあらず。
つまり備えられた場でなければならない。それも見かけによるものにあらず。
人は待っていたものが来る時に気持ちの整理とはいかにつけるものだろうか。
あくまでも酒をのむときは「待ち望んだもの」であるべきで不意に訪れるものにあらず。
仮に突然の友からの誘いだとしても普段から「友と一献交わしたいものだ」と望んでいなくては。
換言すれば酒を呑みたくなるのは、酒を呑む雰囲気を呑みたいのである。
即ち、酒の味を欲するのであれば酒に呑まれているのであるし、行きたくもない酒の場に参じるのはその雰囲気や人間関係に呑まれているのである。
このような弁えのある人にとって自分で酒の味を呑みたくなるのは感覚からの挑戦である。自分で酒の味を欲して酒を飲むのであれば即ち感覚に理性が勝てないのである。才能があると世間に認められる人ならば才能に自己が勝てない人間なのである。
酒を呑む時は急くとも、せめてその周辺だけでも掃除するとよろしい。そうすることによって、その場に節操が生まれる。
酒を呑むのであれば、呑まれることはない。雰囲気にのまれる者、自分に呑まれるものが酒に呑まれるのである。
「酒を私が呑む」とはいうことは、計画・節操・希望があって初めてその意味を成す。
「酒を共にする」ということは、計画・節操・希望に加えて友情・配慮・深謀・調和がその意味を成す。
酒を共にできる友が欲しいものであるよ。
人、酒を呑むこと得れば百事為すべし。



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