途中放棄したくなるとか
あたしはよくあります。
だいたいこういう案件は「やっときゃよかった」とかともそんなに思わないし、かといってやり切ったとも思わない。
換言すればだいたい無為であったとかサボってたとか自分で気づいてて(普段わかってる)さらにそれを痛感したときにですね。リセットボタンがあれば最高なのですがそうもいきません。
・・・で、だいたいこういうもんを冷静に自分なりに分析してみると生きるにあたっても大事な部分であったりします。
大事な部分だからこそ途中放棄したくなる→処方としては見ないことにする・見なかったことにする
見ないことにできなくなってくるくらいに積み重なってきちゃうと、やめちゃう。
・・そういう自己防衛機能が自然に備わっているのでしょうか。
そう仮定して、もう一歩引いた冷たい視点からみると、
やや飛躍しますがやめたくなることが一つも無いことや、楽でしかないことはあんまりやっている意味もないと思います。
あたくしが「ヒト」という族でこの防衛機能がすべからくマクロ的に「ヒト」に備わっているのであれば、この社会はなんとなく理解できます。
この機能がほとんどのヒトに無いのであれば、偉人や才能あると分かるような御仁は今の世の中ほどには現れることはないと思えてならんのです。
根性、とか継続は力なり、とか言われる類のものは、この防衛機能を麻痺させる為の刺激物ではないかと。
あれよあれよで偉人になるヒトは居るのでしょうか?居るでしょうね、、
その当人の心中穏やかでないだろうなと・・・もっと体が悪いと周囲の人が大変なんだろうなと
到底あたくしのような凡人には関係ないことに耽って暇つぶしとした移動の車中でございました。
以上踏まえて、「初志貫徹」・・・最初にこれを悟った人は、それができた・できないに関わらず偉大だなあと。ただ貫き通したとか、気がついたら貫き通してた・・・だけでは生まれない思想だと思います。
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辞めたいの?
ぎゃー!!!(思い当たる節がありすぎて気絶)
>hegashi様
ええ、まあ。
>わかぞ
あーあー